質問 1.
バンコク大学での講演で
デザインとアートの違いに関する
ご意見をうかがった学生に、
その二つは両立しなければならない、
とお答えでした。それは、
デザインには、デザイナーの心の
表現としてアートが必要、
という意味ですか、それともデザイン
自体がアートのひとつだという
意味ですか?

回答
芸術の中でGraphic Artという
分野がすでに確立されていますが、
それは、印刷を媒体として
表現[再現]された芸術という意味
なのです。この場合、印刷とは
リトグラフ、シルクスクリーン、版画
全般が中心となりますが、Graphic
Artとは、絵画の様にオリジナル、
その一点で完結する芸術世界ではなく、
オリジナルが一点以上複製され、
二次元に完結する芸術世界です。です
から、印刷を媒体として表現され、
オリジナル[グラフィックデザイン]
が複製され完成するグラフィック
デザインは、Graphic Art、芸術へと昇
華する可能性を秘めていると

論理的に明言することができる
のです。私自身、「マーク[Logo]は
芸術」と宣言し、それは私の哲学
にもなっていますが、世の中すべての
グラフィックデザイン-マーク
[Logo]が芸術であると言っているの
ではありません。私の創るマーク
[Logo]は芸術であるということです。
PaulKleeが一つの芸術の定義
をこう言っています。「芸術は見える
ものを再現するのではなく、見え
ないものを見えるようにするのだ」と。
そして、私は芸術をグラフィック
デザインに置き換え、「グラフィック
デザインは見えるものを再現する
のではなく、見えないものを見える
ようにするのだ」と。
グラフィックデザインとはイディアを
ビジュアライズする崇高な行為で
あり、デザインは計画であり、目に見
えない思い、思想、哲学等を人の
力をもって二次元に再現するのです。
とくに、グラフィックデザインの
Quintessence[神随]であるマークは、
最も無駄がなく、究極のシンボル、
象徴化された、見えないものを見える
ようにした芸術なのです。
このように私は、自らの理念として
作品-マーク[Logo]を芸術と

言い切り、自ら生み出す
グラフィックデザインを芸術と確信
しています。そして、もし、
みなさんの中で一人でも、自らの
デザインも、そのような境地-芸術へ
の昇華へとベクトルを向けて
一歩を踏み出すなら、デザインと芸術
の両立、デザイン=芸術、マーク
[Logo]は芸術、と私の言った意味
がきっと理解していただける
のではないかと思います。

質問 2.
普通われわれは、何かをデザイン
する場合に、実用性あるいはコミュニ
ケーションを考えるように教え
られています。デザインには美が必要
とお考えのようですが、アートの
実用性及びコミュニケーションの側面
についてはどうお考えですか?

回答
例えばコミュニケーションにおいて
最も重要なものは何か?と
質問されたなら私は「美」と答えます。
例えば美しいもの
[実用性のある美的プロダクツ、
ファニチャー、アーキテクチャ-、
グラフィックデザイン、パッケージ、

ファッションウェア、フォト、etc]、
美そのもの
[美しい純粋芸術、人、動植物、
海、空、風景、虹、宇宙、紙、etc]
と対峙した瞬間、あなたはどう
反応するでしょうか。そこに、言葉や
説明-プレゼンテーションが必要
でしょうか?美は瞬く間にあなたの心
をとらえ、光よりも早く、あなた、
又は他者にコミュニケートされるので
はないでしょうか。デザインとは
美、美の具現化でなくてはなりません。
そして、常に人の心をとらえて離
さない様な美的コミュニケーションを
創造し続けることが、我々
グラフィックデザイナーの使命で
あり、世界中を美でうめつくす有効な
手法がグラフィックデザイン-
芸術であると私は信じているのです。

質問 3.
非常に美しく印象的なお仕事を
なさいますが、デザインの背後にある
物語よりも美を強調しているよう
に思えます。例えば、ガルーダの翼の
お仕事[タイ王国Bhumibol
Adulyadej国王陛下のパーソナル
マークIV]ですが、タイの人々は体の
無い、翼だけのガルーダの絵には

慣れていません。我々は
あなたのお仕事を正しく理解して
いるのでしょうか?

回答
私の仕事を、美しく印象的である
とのおほめの言葉をいただき、
大変嬉しく思います。もしあなたが
本当にそう感じていただけたと
したら、デザインの背景にある物語が、
より「美」を強調したのでは
ないかと思います。美とは内包する
深い物語や意味があり、そして
それが具現化された結晶ではないで
しょうか。私は私の生み出す
マーク[Logo]を雪の結晶に例える
事があります。雪の結晶が
美しい幾何学的な造形そのものである
事の不思議さにいつも感動して
おります。そして、それはデザイン
そのもの、マーク[Logo]
そのものである事です。いったいだれ
[何者]がデザインしたので
しょうか?自然の、地球の、宇宙の
驚異、その背景にあるはかり
知れない物語に、私は畏敬の念を抱か
ざるをえません。そして、私は
雪の結晶が創造されるように、自然に、
デザイン-マーク[Logo]を

生み出す事が出来るように
願い、これまで多くの作品を世に送り
だしました。そして、自らの
潜在意識の奥底から、テーマとなる
物語を導き出し、美(デザイン-
マーク[Logo])へ昇華させるという、
独自の手法を長い年月の中で会得
しました。それは単に、デザイン上の
専門的なテクニックを磨く事
ではありません。ある意味、人智を越
えた境地へと自らを到達させる
という、強い信念と努力を日々続ける
事がなにより大切なのです。
そして、そのような境地から生まれた
作品-美(デザイン-マーク[Logo])
がタイ王国Bhumibol Adulyadej国王陛下
のパーソナルマークI-IVなのです。

質問 4.
Velerie Pettisは、「グラフィック
デザインは、ビジネスとアート、アート
と技術[craft]、本能と理性、
概念と細部、遊び心と形式性、顧客と
デザイナー、デザイナーと印刷
業者、印刷業者と大衆の間の、魔術的な、
不思議なバランスを探求することだ」
と言っていますが、どう思われますか?

回答

グラフィックデザインの、ある
一部の側面は捉えていると思います。
もし、私自身に今、グラフィック
デザインとは何か?と聞かれたら、こう
答えます。「この世界で人間のみ
に与えられた創造という法則を駆使し、
この世界を平和へ、そして、
人々を美的至福に導く、限り無い力
そのものである」と。

質問 5.
バングラデシュと広島の数万人
もの子ども達を集めて、絵を描かせ
ることができましたね。
そのことは、グラフィックデザインが
間違いなく人類に愛と平和を
もたらすことができることを示して
います。グラフィックデザインに
おけるアートの美を、特に世界の多く
の国々が危機に瀕している現在、
人々に愛と平和を思い起こさせるため
に使おうとお考えですか?
この世界、人類、人種問題、政治、
あるいは宗教上の紛争などに
ついての考えを聞かせてください。

回答
4の答えの通り、グラフィック
デザインとは愛と平和をもたらす

一つの力、方法そのものであり、
私にとってグラフィックデザインと
はビジネスのみの道具ではあり
ません。なぜなら、グラフィック
デザイン-創造するという才能を
天から与えられたものは、ビジネス
を超え、究極的には人類に愛
と平和をもたらす役目として、その
もてる才能で貢献し、働くべき
だと強く思っています。混沌とする
今の世界情勢を思うにつけ、
ほとんど毎日心の痛む事件、事故が
世界中で起こっています。特に
テロ、戦争については解決の方法が
果たしてあるのだろうか?
と深い不安と悲しみに襲われます。
その中で、芸術家-デザイナー達の
発言、行動があまり聞こえて
きませんが、こういう時代こそ、我々
の創造的な発想やデザインが、
僅かでも地球上の諸問題解決の糸口
になる可能性があるのではない
でしょうか?すでに私は、1996年に
CIルネッサンス委員会という
非営利団体を設立し、グラフィック
デザイン、Corporate Identity
Designの手法により、今日まで平和
活動を展開してきました。
その中のプロジェクトの一つが

「The Biggest Painting in the World
2012」です。このプロジェクト
は3才から12才までの世界中の子ども
達が、人種、宗教などの壁を超え、
絵を描き、2012年に一枚の“世界一大
きな絵”に縫い合わせるという
平和プロジェクトです。そして、完成
した“世界一大きな絵”を世界中に
公開した後、その絵をカプセルに入れ、
未来の子ども達-人類へのメッセージ
として原爆の地、広島平和公園の
地下に保存し、完結することになって
います。セミナーで見て頂いた
映像の一部は、1996年12月にバング
ラデシュ人民共和国クリグラム
地区で13,000人の子ども達と一緒に絵
を描いた時のものです。文字も
書けず、生まれて初めて絵を描く貧し
い子ども達から生み出される
芸術とそのエネルギーに私達は圧倒さ
れました。映像から皆さんにも
それが伝わったのだと思います。平和
とは何か、この子ども達は知りま
せんが、この日の子ども達は平和その
ものに絵を描きました。Paul
Kleeは「子どもはそのままで真の芸術
家である」と語っていますが、
この日の子ども達の絵は彼の言葉を
証明しました。

そして、私達はこう宣言します。
“戦争反対と叫んだり、平和運動は行な
わない。世界中の子ども達が、
ただ楽しく絵を描くことこそ世界平和
への一つの道である”と。私達
の子どもの絵のプロジェクト「The Big-
gest Painting in the World 2012」
に意味はないかもしれません。しかし、
その意味のない深さの中に、逆に
本当の純化された芸術の使命、平和へ
の道が隠されているように思えて
ならないのです。もし、このプロジェ
クトがタイ王国で行なわれる時は、
ぜひ皆さんに参加して頂き、自国の子
ども達の描き出すピュアな芸術-
エネルギーを一度体感してみて欲しい
と思います。きっと、私と皆さん、
子ども達との素晴らしい交流になるの
ではないかと思います。
そして、それが平和への小さな一歩と
なるのです。

質問 6.
単純で、平和と美を愛し、遊び
心でいっぱいなのが、日本人の大きな
特徴です。そのような特徴は
日本人が行うすべてのことに表れている
と考えます。特にグラフィック
デザインに関して考えた場合、この

考えに賛成されますか?

質問 7.
この単純さをグラフィックデザインの
最良の特性と考えていらっしゃる、
と理解しても良いでしょうか?その点
をもう少し詳しく教えてください。

回答
私は現在、様々な国で活動しており、
あまり日本人であるということ
を意識しておりませんが、あなたの
質問にある日本人像は、ある
意味、私にもあてはまるかもしれま
せん。そして、私の作品-
グラフィックデザインが日本的である
と思われるなら、それは私の
作品が日本を代表する建築である桂
離宮に通じるものがあるから
かもしれません。それ[桂離宮]は
無駄なものを一切排し、装飾や
修飾を省き、最もシンプルな造形美と
包み込むような慈愛と優しさで、
世界中の人々を魅了してやみません。
そして、その庭園は自然のまま
の森林やジャングル、草原より、人間
の手によって、自然より美しい
自然-小宇宙が生み出されています。
ここに、私は芸術-デザインの

Quintessence[神随]があるのでは
ないかと思います。それは、
人間によって自然をも超える、美的
世界を創造することではないで
しょうか。それが、芸術-デザインです。
私のグラフィックデザインはその
ような日本的精神[物事の本質に近づ
こうとする精神]、心で創られて
います。ですから、単純な1本の線と墨
色一色だけで、美しく洗練された
グラフィックデザイン-マークを生み
出すことが可能なのです。

質問 8.
現在の世界では、西洋から東洋への
文化の流れは明白です。
このことは多くの若い人々の生活様式
だけでなく、思考方法にも影響を
与えています。この現象についてどう
お考えですか?

回答
私の国、日本を見た場合、あきらかに
未だ西洋文化の流れに日本文化
が押しつぶされそうになっているのが
現状です。特に若い世代は、衣、
食、住、etcすべてが西洋文化そのもの
の世界で生きているようにさえ
思えます。彼らが理解しているのは、

日本という国に住んでいる
日本人という法律上の事実だけでは
ないでしょうか。しかし、この
現象も時代の流れであり、日本文化
に西洋文化が融合することに
より、新たな文化、芸術が生まれでる
という、進化上の一過程のよう
にも感じています。そして、ますます
グローバル化が進む中、西洋と
東洋の垣根がなくなりつつあるように
思います。例えば、私の作品-
グラフィックデザインを海外で展覧
する時、それは、単純で日本
的美意識を感じると多くの人達が語り
ます。しかし、日本で展覧する
と、ほとんどの人達が西洋的で日本人
の作品とは思えない、だから
素晴らしいと賞賛されます。不思議な
現象ですが、一体どちらが正
しく私のIdentityをとらえているので
しょうか。いや、これこそが、
グローバリゼーションだと私は思って
います。そして、私の作品-
グラフィックデザイン自体、インター
ナショナルスタイルを貫いて
おり、このスタイルこそ、東洋と西洋、
日本と西洋との融合された、
グラフィックデザインにおける進化の
ひとつの成果の一端ではないかと、

私自身確信しているのです。

学生の作品についての質問

質問 1.

この作品の最も優れた特徴は
何ですか?

回答
グランプリになった作品の最も
優れた特徴は、“グラフィックデザイン
の神随はシンボル-マーク[Logo]
である”という私のデザイン哲学に近く、
単純明解に作者自らのパーソナル
マーク[Logo]そのものを大きくビジュ
アライズし、ポスター化されて
いたところです。もちろんコンセプト
だけでなく、デザイン自体も、
力強く人を引きつける魅力があるもの
でした。Corporate Identity Design
で核となる最も重要なアイテム、それが
シンボル-マーク[Logo]です。
企業[団体]活動において、シンボル-
マーク[Logo]の存在が、内部
的に、対外的にも、どれ程大きな影響を
与えるかという事実をグラフィック
デザイナーの多くはあまり知りません。
企業[団体]における名刺・
ステーショナリー類、そして広告他、

あらゆる制作物、商品等すべてに、
シンボル-マーク[Logo]が印刷、
刻印され、初めて企業[団体]活動が
成りたっているのです。そして、
そのシンボルに企業[団体]マインド
がやどり、その進むべき理想的
な未来を示唆するほどのイメージ力が
シンボルにはあるのです。
ですから、ポスターのビジュアル
[イメージ]づくりが先にあるのでは
なく、シンボルが先にあり、
それがビジュアライズされ、ポスター
化されるというプロセス、コンセ
プトが今回のテーマには重要だったの
です。私は自らシンボル-マーク
[Logo]を芸術にまで昇華する理論と
方法を実践していますが、その
私の会得した理論と方法に、最も近い
考え方と感性で創られていた
Personal Identity Designがグランプリ
受賞作であったということです。

質問 2.
学生たちが将来より良いグラフィック
デザインを創造していくため
の、助言とコメントをお願いします。

回答
“無から有を生み出すこと、見えない

ものを見えるようにすること”
この創造的行為-グラフィックデザイン
こそ、人間のみに与えられた
究極の仕事のひとつではないかと私は
思います。そして、グラフィック
デザイナーは、その与えられた才能と
創造力で、この世界をより良い
方向に導く使命が、あるのではないで
しょうか。皆さんにとって、
グラフィックデザインは単なるビジネス
上のツール、生活の手段ではない
はずです。それは、世界中でおこって
いる様々な諸問題を解決し、地球
上の多くの人々を幸福、平和にする事
さえできる可能性を秘めていると、
私は思っています。できれば皆さんに
も、そのようにグラフィック
デザインを使って、世界中で活躍して
欲しいと願っています。



「answers」は、2004年1月
17日〜24日にタイ王国バンコク大学で
開催された、“稲吉紘実 Corporate
Identity Designセミナー・展覧会”にて、
稲吉紘実と同大学生達との質疑
応答より抜粋・構成されたものです。